1: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:33:34 ID:L90
立ったら書く。
「12,3世紀の日本に十字軍が攻めてきたら勝てただろうか?」
というスレに影響されて考えてみた。

以前スレ立てた時と同様、専門家じゃなくてただの趣味者の
私見と思って読んでくれたらうれしい。




2: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:33:48 ID:L90
お、立った。
夜中だからあまり人いないかな?




3: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:36:35 ID:bpl
その時の日本の武器ってなんだったっけ



5: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:37:13 ID:L90
>>3
まず装備から順番にだいたいのを書いていくつもりなのでちょっと待ってね。




4: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:36:40 ID:L90
まず十字軍といってもわりと年代も幅広いので、
おおむね第一回十字軍くらいとしようと思う。

手元の「十字軍の軍隊」の資料に準拠する。




6: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:37:52 ID:L90
まず、それぞれのだいたいの装備。
それからおおよその編制などなどについてざっくり書いていく。

研究者じゃないのでだいたいこんな感じかな?という素人考えだけどね。




7: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:38:06 ID:JY6
平将門みたいなやつらだと分からない



8: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:39:15 ID:bpl
大和魂という最強の武器



9: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:40:45 ID:L90
まず十字軍側の装備。
騎士はおおむねいわゆるバケツヘルメット、鎖帷子、剣にカイトシールド。
(スペイン出身騎士は円形の盾のもよう)
その他、いわゆる普段からの部下で領臣ってのが鎖帷子、盾、斧など。
歩兵は粗末な綿の外衣に剣だけとか、投石とか農機具なんて例もあるようだ。




10: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:43:05 ID:L90
次に日本側の装備。
武士はいわゆる厳星兜に大鎧、大弓、太刀。
足軽は頬当て、腹巻、長刀や太刀に弓。などの模様。




11: ◆yKV///W.l. 2018/01/21(日)01:43:41 ID:yKV
牛の角にたいまつくくりつけて放せば勝つる



12: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:44:00 ID:L90
ただいまいち日本側は編制などが不明点多いので、
推測に頼るしかない部分は多い。
それは十字軍側も同様なんだけどね。




13: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:45:12 ID:L90
さて状況としては日本に攻めてきた、とかこちらが欧州に上陸しようとした、
だと非常に無理があると思う。
お互い離れすぎているし補給拠点をもった帝国ではないので兵站の観点からも無理だろう。

だからまぁ真面目に考察するというような話ではない。




14: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:47:23 ID:c9s
13世紀前半までの前期ロングソードなんぞただの鋳造した鉄の板やぞ



15: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:47:48 ID:L90
第一回十字軍は、移動した人数だけなら数十万規模のようだが、
実際の戦闘員となるとだいぶ限られるようだ。
「最大の軍勢」と書かれているトゥールーズ伯の兵力が
騎士500(おそらく騎乗する従士ふくむ)歩兵500ほど。
そのため全体でも戦闘要員は騎兵4500、歩兵30000ほどと推計されているらしい。

なお歩兵といっても組織だった戦闘要員というより
上述の農機具だけ持ったような民兵紛いが大半らしい。




16: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:49:41 ID:L90
十字軍というと、どうしても封建領主の集団であり、
契約関係に基づいた軍編制になるので部下の部下は命令聞かなかったりする。
唯一プロの戦闘要員が騎士、従士、領臣といえる。

数百人~数十人の封建領主の兵力が雑多に集まっているのが十字軍の実態。




17: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:51:36 ID:L90
余談だが徐々に組織的に反撃に出たサラディンは
数千単位~数万単位でまとまった騎兵や弓兵を集めているので、
騎士個々の武勇で肝を冷やす展開はちょいちょいあるものの
おおむね釣り野伏のような高度な戦い方に十字軍側は弱かったようだ。

ほとんど宗教的情熱(と略奪に対する欲望)のみで
高い文明をもった中東とそれなりに戦えたという事実のほうがむしろ驚嘆に値すると思う。




18: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:54:06 ID:L90
一方、日本側もそこまで組織だった「軍隊」だったわけではない。
だいたい家の格などに基づいて家中の者が動員される。
騎馬武者に足軽がくっついていって戦闘する。
名乗りを挙げたという話については、
どうもあまり確定的な証拠が平家物語以外にはあまりないらしく、
実態はいまいち不明。

名乗りという観点では通俗的な英雄物語は一騎打ちをしたことに
なっている戦が多いので俺個人は「やぁやぁ我こそは…」は
あまり行われなかったと思っている。




19: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:54:55 ID:L90
まぁ組織という観点からは、
十字軍側も日本側も12世紀であればやや雑然としていて、
数千の兵科がまとまって行動するような戦い方はあまりしておらず、
戦闘のプロである騎士や武士の勇猛さに頼っていたように見える。




20: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:56:05 ID:c9s
そもそも名乗りを挙げての一騎討ちは数例しか記録が無かったような
戦場ではやらない方が当たり前だったと思われ




21: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:56:11 ID:L90
編制にあまり差がないなら装備はどうだろう、という話になる。



22: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:59:10 ID:v4I
江戸以前で最強の時代っていつくらいやろ
やっは鉄砲あった関ヶ原あたりやろな




23: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)01:59:57 ID:L90
鎖帷子に木製のシールド、バケツヘルメットの騎士スタイルと
重厚な兜に皮や鉄などの札を威した大鎧の武士スタイルは、
重量上もあまり差がない。

大きな違いがあるとしたら当時の鎌倉武士は、
元軍の記述に頼ると「騎兵は結束し」集団で戦うようなので、
集団で和弓を射かけてくる騎馬弓兵であるという点。




24: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:01:03 ID:G4N
西の蛮族vs極東の蛮族



25: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:02:25 ID:L90
現代弓道は現代剣道が剣術と違うようにだいぶ異なるようだが、
それでも全長2mで世界最大の弓であり、
14kg~20kgほどの張力でも1mmの鉄板や2mmのフライパンをブチ抜く模様。

それに対し鎌倉時代だと研究者によるようだが、
戦闘用の弓なので3~40kg、人によっては70kg前後という人もいる。
非常な強弓で元軍の弓より射程威力で優っていたという人もいる。




28: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:07:24 ID:oM3
>>25
モンゴル側の記録に和弓は威力は高いが射程は短いとあるぞ
これは矢の重さと撃ち方の問題もあると思うが




32: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:09:25 ID:L90
>>28
どうも記録によるっぽい。




26: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:04:24 ID:zvH
鎌倉武士の大鎧は騎乗を前提に作られてるので下馬したら動きにくい



27: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:05:11 ID:L90
>>26
肩で支える構造だからね。
腹巻とか当世具足では腰で支えるのでだいぶ動きやすくなったはず。




29: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:07:24 ID:L90
さて、第一回十字軍の推定兵力は上の方に書いたが、
鎌倉武士側は文永の役のほうの兵力で検討しようと思う。

文永の役の兵力は結局本土からの増援の前に九州北部の
御家人が追い払ってしまったようだが、人口からみて
だいたい4~5000騎、足軽5000人くらいが初動の対応にあたったと
推計している人がいたのでそれに準じる。




30: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:08:28 ID:TSJ
ベルセルクのガッツみたいなのが存在したかしてないか



31: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:09:24 ID:RPJ
季節によっては田んぼという泥沼トラップがあるからな



33: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:09:49 ID:g7X
武装云々の前にヨーロッパと日本での風土や気候の違いにどれだけ
対応出来るかってのも気になるな




46: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:28:43 ID:L90
>>33
日本の鎧は通気性がある程度担保されているが、
砂漠とかだとまず日差しを何とかする必要があるので
当時の足軽はきつかっただろうね。
まぁ服装かえればいいだけだけど。

一方バケツヘルメットは日本の気候では無理だと思う…。
軽装の半帽ということになるとそれは厳しいしね。




34: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:10:31 ID:L90
たとえば「海からみた日本の防衛」などでは
和弓のほうが威力射程ともに上回っていたとしている。

まぁいずれにせよ恐ろしいのは、
かなり重武装の騎兵が集団で、本来なら歩兵しか持てないような
長大な弓を射かけてくる点。




35: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:12:53 ID:L90
一方騎士は白兵戦に特化し、
雑然とではあるがそれなりの突進力を持っている。
さらにある程度刃に対して抗じんできる鎖帷子を着て、
その下には肉鎧で衝撃を吸収するという集団。




36: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:14:41 ID:L90
もしも第一回十字軍と文永の役の鎌倉武士が遭遇した場合、
鎌倉側の後詰を考えなければ、
騎兵の数:同等
歩兵の数:十字軍側が6倍以上 ただし大半は雑兵

という形になる。
比較的鎌倉側は歩兵の装備が整っているにしても、
数ではだいぶ不利な状況に見える。




37: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:16:00 ID:L90
この場合、もしも宗教的情熱を活かした
十字軍側が正面から突破しようと雪崩れてくるのに対し、
鎌倉側が正面から受け止めようとすると、
相当な苦戦になり場合によっては押し負けてしまうのではないかと思う。
そうなれば十字軍側の勝ち。




38: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:16:45 ID:oM3
ローカル後家人ズ対ヨーロッパ全キリスト教圏はアンフェア過ぎないかい?
とりあえずフン族やモンゴルにボコられた事からヨーロッパの連中は弓騎兵には滅法弱そう




40: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:19:22 ID:L90
>>38
人数的にはアンフェアなのはわかっているのだが、
どうも当時の西欧の十字軍は編制上も頼りないし
宗教的な情熱によるモチベーションを除くと、
あまり組織的な戦いも得意でないように見える。

それに後詰まで考えると、
歩兵3万騎兵5000にすぎない十字軍に対し、さらに
2~3万騎などが出現することになるので勝負にならないんじゃないかなぁと。




39: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:17:58 ID:L90
ただ蒙古軍や反撃に転じた時代のサラディンがよくやったように、
鎌倉側は歩兵の支援を捨てて騎兵だけで結束し、
両翼から弓で射かける戦法に切り替えれば、
騎士、歩兵の集団ともに大打撃を受けると思う。

前に立てたスレで書いたが、現実に蒙古軍として上陸してきた
高麗の重装歩兵を1/10の騎馬武者が騎馬襲撃で蹂躙している。




41: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:22:16 ID:oM3
まぁ確かに
ヨーロッパは動員力で言えば日本や中国とは比較にならないほど少ないからな
十字軍の殆どが同じキリスト教徒を的にした押し入り強盗の類いだったっぽいし




42: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:22:24 ID:L90
というわけでここまで書いてきた感じ、
どうも十字軍と当時の武士ということになると、
騎馬弓兵であるがゆえに、装備上も鎌倉側がかなり有利。

一方、もしも十字軍が城にこもったら鎌倉側がかなり不利だろうとか、
状況に応じて色々あるが野戦では日本のほうが有利に見える。

騎士個人個人の武勇そのものはサラディンからみても脅威に値したようで、
白兵戦や乱戦ではもしかすると騎士側にワンチャンあるかもというイメージ。




43: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:25:26 ID:L90
船戦とかになるともうちょっと面白くなる気はする。

十字軍と比較するなら古墳時代の律令制の軍団のほうが面白いかもしれない。
歩兵の一部が弩を保有しているとか、
手盾を用いた歩兵が中心であるとか、騎兵もどうも白兵戦がメインだったらしいとか。

そういう意味ではかなりの重武装をしているにも関わらず、
馬を駆って弓を軽快に操り、小船に乗って夜襲に襲撃もできる
「武士」という兵科の汎用性が個人的に恐ろしい。

なんとなく武士は軽武装とみんなが思ってるのは、
まるで軽歩兵か何かのような動きもできてしまうがゆえに誤解なんじゃないかと思う。




44: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:26:57 ID:L90
というわけで長々と書いてしまったけど、
お付き合いいただいた方々ありがとう。

弓の射程については議論の余地があるのは重々承知だが、
こういう考え方もあるんだなくらいでとらえていてくれると嬉しい。

それじゃあおやすみ。




45: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:28:29 ID:oM3
とりあえず戦場がどこか勝利条件はどうかと仮定してしまわないとイメージが沸かん
日本に攻めて来たらという話なので十字軍がヨーロッパのように高く頑丈な城壁を築いて籠城はほぼ不可能だよね
野戦も恐らく九州の海岸線近くのどこかになると思うが
モンゴルよりこっぴどくボコられるしかないと思う




47: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:30:01 ID:L90
>>45
日本で待ち受けるスタイルだと十字軍はもうどうしようもないので、
何となく中間的な気候で遭遇戦に近い形を想定した。

逆に十字軍が城に拠って戦うシチュエーションだと、
当時の鎌倉武士の能力だと基本的には包囲して相手の食糧水が尽きるのを
待つしかなくなると思う。




48: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:30:58 ID:L90
城攻めということになると、
新羅の「首都」を囲んだりしていたりとか、
詳細不明だが「石はじき」なる投石器を持っていたらしい
律令制軍団のほうが得意だったんじゃないかと思っている。




49: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:31:46 ID:L90
まぁ色々な無理があるのは分かっている。
ただ仮定に仮定を重ねすぎるとわけわからなくなるので
何となく装備や編制上からゆるく考えたくらいに思っていてほしい。




50: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:32:57 ID:g7X
そもそも十字軍に上陸能力があるのかな・・?割りと陸路移動中心だった気がする
蒙古の侵攻も南宋の兵士や海洋技術抜きじゃ厳しかっただろうし




51: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:34:53 ID:L90
>>50
なくはないけど強襲上陸は当時の蒙古軍でも無理ゲーだったので、
あくまでどこかの港に揚陸して雑然と陸路で進撃するのが実態に近いと思う。

なのでこれは日本に対し上陸してくる十字軍を想定しているわけではない。




52: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:36:12 ID:L90
たとえば弘安の役のような、
日本側が全長20kmにおよぶような防塞を構築した上で、
数万の軍勢で(おそらく大半が弓を持っている)待ち受けてるとしたら
もう十字軍時代の欧州だとどうにもならないと思う。




53: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:36:51 ID:oM3
大陸型の城壁なら日本では運用が難しく効果も怪しい支那風攻城兵器の運用や穴攻も試みるだろうし
補給の問題もあってお互い遠征先の中立地での戦闘となると籠城は座して死を待つ事になりそう
十字軍の数が多いので当然城外にも展開しているだろうから武士が逆に包囲される展開も在りうるが




54: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:37:27 ID:L90
港湾の占領すらままならず海上で小舟に襲撃されてしまう。
ちなみに日本側は元軍に対し、大船を作るプランもあったようだが
時間と技術上の問題で放棄したらしい。

結果小舟で大船に集って斬りこみする戦法があたったわけだけど。




55: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:38:56 ID:L90
というわけですまんが寝ます。
お付き合いいただいた方々ありがとう!




56: 以下、つ速がお送りします 2018/01/21(日)02:39:43 ID:oM3
おやすみ



57: ランズベルク伯◆aZDF35fGqfZV 2018/01/21(日)02:42:03 ID:F1M
乙でした



元スレ:http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1516466014/



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