まったりと戦国時代話でもしようか
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歴史
ライトなのも濃いのもokよん
知識自慢だけは勘弁ね
さあさあ、まったりと行こうか!
7: 名無しさん@おーぷん 2018/03/31(土)13:19:13 ID:qKp上杉謙信ブラック企業説
8: 名無しさん@おーぷん 2018/03/31(土)13:20:11 ID:vjJ>>7
無理やり招集されて戦場に連れていかれるんやからどこもブラックやろw
>>8
報奨が他武将は物とか土地とかなのに上杉謙信は感謝状で終わったりするんや
>>17
雪降る前にかえらなきゃいけないからねしょうがないね
>>17
現代なら鑑定団では感謝状の方が評価額が高いかもしれないからセーフ
>>17
それもわりと普通やで
弁舌で生き残った滝川雄利という化け物
12: 名無しさん@おーぷん 2018/03/31(土)13:23:01 ID:vjJ>>10
貶めるつもりはないが化け物というほどじゃあないんちゃう?
>>12
弁舌系化け物言うたら真田だからなぁ
少し誇張してみたすまんな
>>13
てか弁舌系ってなに?
外交や交渉上手の事ならば安国寺とかになるんやない?
>>16
北畠氏の時は一介の僧だったが、滝川一益に見出される→北畠氏の一族であった木造氏を弁舌で織田家へ裏切らせる→その後滝川一益の娘婿になり滝川氏を名乗り、織田信雄の家老になる→
織田信雄の北畠氏粛清の時は先導的な役割を担う→小牧長久手の戦いの時には織田信雄から秀吉に対する使者を担う→信雄改易時には独立大名として取り立てられて生き残る
こんな感じやな
なお関ヶ原
>>26
おしむらくは歴史的事件に絡んでなかったり大きな仕事をしてない事やね
やっぱ当時のことを現代の常識や感覚で見たらあかん
そりゃみんな草がつく事になるわ
それが楽しいなんてのは、チョンマゲとハラキリで喜んでる外人と同じやで
>>11
言うて髑髏杯はやはり趣味が悪い、アメちゃんの事を「オ、ナイスデザイン」とか笑っとる場合ちゃうわ
>>14
それも現代の感覚や
当時は人の死体、頭蓋骨なんていくらでも転がってる世界やで
今で言う純金の食器一式そろえるくらいの「珍しさ」やろ
SB-オリックス戦の一球速報見てたら甲斐氏のことがなんとなく気になってググった
22: 名無しさん@おーぷん 2018/03/31(土)13:29:33 ID:vjJ>>15
甲斐って土佐や九州あたりやっけか
あの辺興味ないからよくわからん…
感状は約束手形みたいなもんやしな
有名なんでは徳川家のもめごとや、真意は取らんが両兵衛のエピとしても残ってる
感状だけってののほうがむしろ多い
何百人もにそうそう毎回土地やら何やら渡せるわけないしな
>>23
約束手形っていうか
今で言う昇進時の資格証明書とか転職時の経歴書に近いんかな
>>25
もっと単純に「これだけ感状もらってんだからそろそろ何かクレ」って感じかな
経験値に近いかもw
どれか一つの話や説を盲信するでなく、より多くの説をふまえて自分なりの答えを考えるのも楽しいと思うがどうやろうね
珍説、新説に飛びつくだけでなく
備前のカオス感すこ
何であそこまで有力大名が育たんかったんや
>>27
どんな大名がおったんか?
>>27
東中国地方は小さい名門がひしめいていたから新興勢力の出る余裕や隙間が少なかったと聞いたことはあるで
東北地方と同じで時間の流れが速くなかったというか
割と最近の説だと徳川家康の比重が豊臣政権においてかなり高いとか言われるようになってるよね
39: 名無しさん@おーぷん 2018/03/31(土)13:52:30 ID:vjJ>>37
それって普通に昔からやないか?
どういう比重のことなんやろ
>>39
家康が東北の取次を締めてて上杉とは段違いよね
>>44
そうやね
名実ともに家康の比重は高かったよなあ
>>47
結構戦国時代好きでもその辺知らないニキ多いけど、それなりに物を知ってそうで安心したわ
>>48
そうか??
ドラマでもマンガでも家康のNo2具合は結構盛り込んでるからむしろ知ってるの多いと思うで
>>51
例えば秀吉が家康を左遷や厄介払い目的で関東に転封させたとかそう思ってるニキ結構多いで
>>55
なるほど
さすがに「それだけが理由」ってのはないからなあ
千葉県の戦国時代語ってクレメンス
40: 名無しさん@おーぷん 2018/03/31(土)13:52:39 ID:Og4>>38
千葉県というよりは安房と上総、下総の戦国時代で違うよね
>>38
千葉といえば里見とか千葉とかかな
古河が茨城になって、話題とか事件からしたらもったいない所だけども
どこかで三好長慶が初めて天下人になった人って聞いたから調べてみたらとても悲しい気持ちになったで
43: 名無しさん@おーぷん 2018/03/31(土)13:56:41 ID:vjJ>>42
長慶を天下人って言うのは「とも言えなくない」付きやけどね
までもそれだけ近畿や京都まわりの制圧や管理は大変てことなんやろね
三好一族も近畿を捨てて四国統一とかしてたらかなり名を残せたと思うわ
ifだから何とでも言えるけどねw
千葉の戦国時代語るとき大事なのは、地形が今とかなり違ってることやないかな
常陸方面はかなり断絶状態やからねえ
>>45
川が多くて川舟で移動しなければいけないとかなんとか
>>46
そう、利根川と霞ヶ浦が今とは全然違う広さと形やったからね
しかも浅いし流れは速いしね
九十九里のあたりも今はない湖や湿地帯だらけやったし
東京湾沿いにしか発達、移動しなかったのがよく分かるで
>>49
利根川が東京湾流れてたんは知ってるが千葉茨城って全く南北に交通できなかったんか?
>>57
むしろ南北に移動しやすくて東西に移動しにくいとか
>>59
東西に行きづらいやったんなら香取鹿島の神宮があんな位置にできたのも不思議やなあ
>>65
あれは古代の天皇家が海軍を司る存在だったではないかって説が腑に落ちる
>>65
それをいったらあんな山奥で不便なところに高野山があるくらいやからね
宗教施設は何がきっかけで長生きして有名になるかは分かんないし
逆に古代や昔はものすごく栄えてたのに今は跡形もない寺社も多いしね
京都の西寺とか
>>76
高野山は水が手に入れやすいところだったから安定した拠点になったとか
>>78
空海「せやろ?」
>>78
もっとふもとにあろうにねw
までもあまり知らんが神代のころの何かがあったんやろね
出雲大社と同じような
>>80
高野山の宿坊になってるところは盆地になってて水が溜まりやすいようになってるブラタモリで言ってたわ
>>81
なお高野山の湧き水は特殊で、淡水魚と海水魚を同じ水槽でも育てられる水らしい
>>80
あとそれに山岳信仰が混ざったんやろうね
>>57
全くてことはないよ
ただ湿地帯やし湖面や川幅は広いしで不便やからね
取手とか龍ヶ崎以東くらいからはそれほど水郷地帯でもなくなるしね
戦国時代で兵站管理に長けた武将って誰なんやろ
52: 名無しさん@おーぷん 2018/03/31(土)14:04:54 ID:Og4>>50
有名なのは長束正家やね
>>52
ワイもぱっと思いついたのはこれや
>>53
ワイは戦国時代に関して無知なんやけど戦国時代って兵は召し上げるものにしても米とか武具の輸送管理はどうやってたんや?
湾岸戦争で米国が宿舎買い上げるのに苦労したって話あるけど土地柄で苦労するもんなんやろか
>>52
ワイは戦国時代に関して無知なんやけど戦国時代って兵は召し上げるものにしても米とか武具の輸送管理はどうやってたんや?
湾岸戦争で米国が宿舎買い上げるのに苦労したって話あるけど土地柄で苦労するもんなんやろか
>>50
兵站管理ってどっちやろ
現場の兵站部隊の管理が上手かったのと、経理とか収支の数字の上での管理とはまたちゃうからなあ
>>54
補給線の維持管理って意味での兵站や
ロジスティックだとか物流管理とかでも意味合い同じでええで
>>56
補給線の維持管理は誰が得意かはよく分からんなあ
後方拠点の管理やからそんなに記録にも残らんしな
指示や手配してるのは奉行方とかやろうけど
>>61
野戦築城で戦国武将は見るべき点が多い気がするんやけど裏方のそういう点が気になるんやで
合戦自体膨大な物資の消費やろから歴史に名を挙げる武将ってそこそこ管理が出来てるんかと思ったんやけど違うんやろか
>>62
管理、把握をするのはぶっちゃけ家ごとに役職が微妙に違ったりするんやけど、名人と言われた人は各家に何人かはいるで
ただそういうのは記録に残りづらいんや
記録に残るのはどうしても現場でどれだけ殺したか、守ったかが最優先やからね
そういう裏方が表舞台にでるようになった、裏方でも手柄や功績を認められて出世しやすくなった って有名なのがいわゆる秀吉の時代からなんよな
五奉行、先にも出てる長束やら石田三成やら増田やらがそう
>>56
そもそも補給線の維持管理を本格的にやり始めたのは秀吉くらいからだからなぁ
それまで現地で補給(略奪)だった
>>63
規模にもよるんやろうけど略奪だと結果が不確実で見積もり建てれんことない?
見積もりなしに軍隊動かすって経済資本あるにしても無謀って結論にならんかったんやろか
>>66
そんなアバウトなのが許されるのが中世だと思うで
>>66
横からすまんが、いわゆる何万もの兵を移動させてた時代てのは少ないのよ
それまでは何百、多くて何千だった期間が長くて、だから現地調達というか強奪でまかなえた
大体は出陣の時1~3日分の食料は持っていく程度で、お互いそんなんな長引かせなかったしね
いくさが大規模、長期になるにつれ必要に迫られて仕組みが整備されていったかんじ
>>74
ワイが言うべき事を全部言ってくれたンゴ
サンガツ
>>75
いやわりとおまえさんがワイの言いたい事レスしてくれてる方が多いでw
こっちこそ三月や
>>63
ワイも秀吉が思い浮かぶな、兵站管理の重要性が分からなかったら飢え殺しとかせんやろし
>>67
飢え殺しは結果的にそうなっただけって話を聞いたことあるんやけど、ほんとかしら
>>67
軍備に重きを置き過ぎて経済開発怠った結果、経済と軍事のバランス関係が崩れて物資の流通が困難になるとかはあると思うんやで
根こそぎ動員とかある訳で良く差が重なるとそういう展開増えるんちゃう?
あのころは大変やったな
83: 名無しさん@おーぷん 2018/03/31(土)14:42:35 ID:vjJなるほどなー
あそこら辺は熊野とかの昔から歴史があるから何かしら素地となる集団や組織や建物とかがあったんじゃないかとは思うけども
まそこら辺は空想で楽しむといったとこか
宇喜多秀家について
86: 名無しさん@おーぷん 2018/03/31(土)14:49:48 ID:vjJ宇喜多秀家がどした?
87: 名無しさん@おーぷん 2018/03/31(土)14:50:18 ID:N3k>>86
イッチに評価して欲しいんやろ
>>86
ネタフリよ
>>88
そういうことか
あれもかなりのボンボンであまりというかむしろ酷い方の部類なのに、それほど嫌われないのはイケメンなのと西軍やったからかね?
>>90
せやろうね。宇喜多騒動も引き起こしてるし、存外酷いタイプのボンボンだったかも、ただ戦いに弱いタイプじゃない(朝鮮出兵でもそうだった)のがなんとかプライド保ててる感じ
>>91
煽る意味やなくて、唐入りの戦果はどの武将のもなんていうか、向こうが弱すぎて「そりゃ勝つのは当然」というか
兵糧不足とかでない限り、水軍以外負けたっての聞いたことないんよね
だから極端に言えば唐入りで負け戦するのはよっぽどのことで、唐入りの戦功はそれまでの国内戦と比較にならないほど大したことない
みたいに思ってたんだけどどうなんやろ?
>>94
たしかに完全に朝鮮は秀吉の襲来を甘くみて後手後手に回るわ、もともと国内は圧政のせいでボロボロだわ、秀吉政権にとって有利だったわね
ただ、大友義統を忘れちゃいかんでしょ
>>96
負けたやつもおるんかw
までもワイはあんまり朝鮮での戦歴や戦功は評価してないんよね
5倍の敵と戦って、それまでの国内戦での五分五分の兵力との戦いに等しい、みたいな
そんなんがあるから、ワイは秀家の戦ぶりは関ケ原の時のみ見てそんな戦上手なイメージないんよ
ヘタって程でもないけど
>>97
明軍が襲来して持ち場を移動する命令なのに逃亡したヘタレやぞ
>>98
へー
へきていかんの戦い?だっけか、あれかい?
すまんな、ワイ個人的な理由で九州の大名嫌いで全く知らないんよw
>>99
ID変わったけど:Og4やわ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%8F%8B%E7%BE%A9%E7%B5%B1
平壌城の戦いやね少し違ってたわ包囲されてた小西行長を見捨てたんやね
>>100
ほーなるほど
なかなか面白そうな人物やねこれw
>>102
大友宗麟の子育て失敗により産まれた性格悪いマンなのがおもしろい
>>103
ま、大友宗麟自体がアレやしなw
てか身代が大きいとこほど子育て失敗するよなー
って考えてみたらむしろうまく言ってるとこの方が少ないか
ほとんどが失敗といえば失敗してるような
>>104
信長は成功とまでは行かないけど無難な子育てやん
>>105
次男以降がねw
長男もなあ
信長の息子なら金ヶ崎のようにするのが正解と思ってるんや
それまでは無難と言えば無難やけども、まわりがソツなくこなさせてた感もあったりするから微妙
信長好きだからちと厳しく見てるのかもしんないわ
>>99
なんで嫌いなんや?
宇喜多騒動がなんで起こったのか未だに詳細不明なんだけど、家臣団の出奔は痛いよなぁ
92: 名無しさん@おーぷん 2018/03/31(土)14:56:26 ID:vjJ>>89
詳しくはしらんのやけど、あのクセモノ親父の弱小の頃からたたき上げの家臣たちやったからなあ
秀吉の元、苦労や不自由なく育ったボンとは何かと合わんかったとは簡単に想像できるかも
宇喜多秀家、徳川家光より後に亡くなってるとかほんとに戦国時代の人なのか疑問に思うレベル
95: 名無しさん@おーぷん 2018/03/31(土)15:04:30 ID:vjJ>>93
良く言われるけど、戦国時代の平均寿命は江戸時代より長いっていうよね
てかそもそもどうやって昔の平均寿命出すのか知りたいくらいだけどw
